すごくいいタイミングで読んだ(よしながふみ『あのひととここだけのおしゃべり』)
- 作者: よしながふみ
- 出版社/メーカー: 太田出版
- 発売日: 2007/10/04
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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まだ読みさしなんだけど、最近日記に書いてたことと関連する感じがあって、タイムリーだなと思ったので。よしながふみと三浦しをんが…!って組み合わせだけで手に取りました。それにしても、すげえなーこの面子。羽海野チカもいるし。トリは萩尾望都だし。
BLって近くにいるようで遠い世界だったので、そのへんは「へー。ほー。」って感じですが。少女マンガから派生したり、あるいは他分野から混ざったりしてBLが成立して行く様子が関係者の証言で…みたいな部分もあるし。耽美系もBLも、全然知らないけど、ふつうにおもしろい。
あと、そもそももっとBL寄りかと思ってたけど、少女マンガとか、マンガ全体についての話題が結構な割合をしめてる。
それにしても、もうさ、あれだよ。すっげえよ。かっこいいよ。
p.27の「少女マンガって、女の子を100%全面的に肯定するものだよね(略)あなたそのままでいいのよ、って」(よしなが)とか、それだけのバリエーションがあるって意味でもあるんだろうけど。だから「ジャンプ」からあぶれてしまうおれみたいなのが、ふらふらーっと寄って来れちゃうすきまもあるんだなーとか。
p.34「タバコも人格を表す装置の一種」、「強烈なテレがあるっていう意味になる」(福田)とかさ。
あと、おれ(男性)が少女マンガ読んでるときの話を書いたエントリで「野次馬」って言い方をしたんだけど。そういえば、女性がBLを読むときだって性別が違うわけです。
これについて三浦しをんとの対談の「<受><攻>どちらに感情移入するか」という部分(p.79〜)で触れている。で、自己投影というよりは「覗き見的」だ、というようなことをやっぱり言っている。
さらには、そういう客観性の「マジック」をかけると、たとえば「女の子として描かれたら腹がたつ」ような「かわいい」キャラに対し、男であるということだけで、腹がたたないということが起きるという。なるほど。しかし、多分、これはキャラが男性同士だから効くマジックである気がする。単に男・女という属性を入れ替えただけみたいなものを、仮に読んだとしても、鼻白むだけだ(おれは。そういうのを読んでなんてつまんないものを…うげーっ!となったことが1度あったので)。
あ、でも少女マンガの主人公の性質が、これが男だったら…とか、これが少年誌だったら…って思うことはありますけど。マジックが効くのは、必ずしも性別だけではなく、ストーリーとか他のコンテキストにも依存する気がするけど。
それにしても、みんな、ほんとよくもここまで深くマンガのことを考えてるなあと。じゃなきゃ、こうもすぱすぱと、すごい言葉がでてくるわけない。
あー。あと「白泉社は行き場のないマンガ家の吹きだまり」みたいなすげえ発言もどっかにあって、あーなるほどというか、やっぱりというか。BLからさらにこぼれる「大奥」が、元に戻って少女マンガ誌に載ってるって話で、「まぁ、白泉社だから(笑)」(よしなが)なんて言ったり。
やっぱ「白泉社系」には何か独特な感じがあるというのは、やっぱ共通認識としてあるのね。この本で拾った感じだと「フルバ」に至るトラウマの系譜があるとか、一時期スケールの宇宙規模にでかいSF・ファンタジーがかなり載ってたとか(「フルバ」だって結構ファンタジーだしね)。
でもって、おれが白泉社中心にならないというのは、「フルバ」も躊躇したほどにファンタジーが苦手ということなんですが…。