助教授は解脱したのか
意味深なプロローグと無口なエピローグ。(失礼ながら)いつも自信満々なイメージの森先生の筆が、逡巡しているようにみえる。その落差のせいか、いままでになく生々しい印象を受けた。
この主人公たちは、これまでの作品の主人公——もう少しソフトな院生生活の"どきどきフェノメノン"、趣味人の面からのエッセイでの本人、新書、作家の顔を持つ"水柿"など——で触れた要素を削り落とした、芯の部分、すなわちひとりの研究者としての人格や懊悩をテーマに描いている。それは、これまでは「クリエイティブなことをする時間がなかなかない」という程度しか書かれなかったものだ。
したがって、ある意味地味だが、今までになく純文学的。
- 作者: 森博嗣
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2010/10/26
- メディア: 単行本
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それで、それでも吹っ切れないものが、むしろ浮き彫りになりつつあるのかもしれない。研究者としての業、みたいなものだろうか。
これが森博嗣自身の「素」だとかいうつもりはないんだけど、主人公の内面の描写が多い。
あと、そういえば、ここまで懐古的なエピソードや時代設定を使っているのも今までになかった気がして、どうも折り返し地点を過ぎ、選ばなかった別の道を「喜嶋先生」に投影しているのではないか、みたいな邪推もした。あるいは、商業作家としての森博嗣は30代後半からで、この主人公はどうも30代のようだから、作家以前の一助教授だった時代までの、作家デビュー前夜までのことを描いたのかもしれない、とも。
加齢もあるだろうか。ともかく、作家としても新しい局面に入ったんじゃないかという印象。(2010年12月14日火曜日 9:33)
ちなみに、個人的には息をしないシーンのあの感じ、じぶんの研究と逃避のことを思い出して、耐えがたかった…。過去の亡霊が伊府不快感としてよみがえって、はらわたの冷える思いであった。ホラーよりホラーだ。
この小説の研究者の姿勢を「熱い」と書いているのを読んだけど、ぼくにはひたすら極寒の世界にひとりずつ、ぽつんぽつんと立ち続けているイメージである。