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レバレッジのアンワインド/信用収縮/流動性

mixiホームの「mixiニュース」のトップがこれだった。

1年にわたる世界的な信用収縮で、金融機関は評価損や赤字計上などで約5000億ドルの負担を余儀なくされた。これは既に、1980年代末から90年代初頭にかけて見舞われた貯蓄貸付組合(S&L)危機に匹敵する規模となっている。
マクドネル・インベストメント・マネジメントのポートフォリオマネジャー、ジム・グラボバック氏は「信用収縮は終わりに近づいているというのは希望的観測だ。今年初めに考えていたよりも、終わりはずっと先のことになりそうだ。市場のレバレッジ解消の動きに沈静化の兆しは見られない」と言明した。
(略)
銀行と景気に対する見方は一段と厳しくなっており、米金融当局が現行水準の2%以下に金利を引き下げるとの見通しが強まっている。

業務として投資やっているファンドなどは、利益を大きくするために、買ったものを担保にして、担保の価値より多いお金を借りて、また何か買って担保にして…みたいなことをするらしい。買った「もの」といっても、通貨だったら、お金でお金を借りることになるんだけど、用途を限定すれば、ある程度焦げ付く可能性の確率分布が仮定できるわけですよね。信用取引先物デリバティブ。いろいろ。

こういう、元のお金より、大きいお金を動かすやりかたを、レバレッジ(てこ)という。


このとき担保の評価額より多く貸してもらうわけですが、それは、返してくれるはずだという「信用」があるから。経済活動というのはこういうふうに、見かけ上、つねに信用の分だけ、(物々交換よりも)大きくふくらんで動いているものらしい。ふだんは信用などによって「流動性が確保されている」わけです。貸してくれる人がいて、買ってくれる人がいるから。

ところが、いまみたいにみんなが「不安」になると、「もちょっと担保をだせ」とか「ちょっと返してくれないか」とかいうはなしになってくる。ぐるぐる何重にも巻いて効いていたレバレッジが、巻き戻(アンワインド)される。

不安によって、お金の流れが悪くなる(経済がしぼむ)のが、信用収縮。


投資家が安全な短期国債に逃げるだろうってことが最後に書いてあるけど、こういうのを「Fly to quality」という。「信用」とかいうものには心理的なもの・雰囲気も大きく作用するから、間接的にも「日本にも何かが来る」とみんながいえば来るでしょう。

と、いうようなことを知ったのは

リスクテイカー (文春文庫)

リスクテイカー (文春文庫)

のおかげです(受け売りともいう。が、てきとーに書いたので間違ってたらおれのせいです)。


大きくふくらんだ経済活動、「流動性」あるいは「過剰流動性」みたいな話をするときの通貨の存在について書きながら思い出したことがある。たしか物理学者・ファインマンが師匠筋の人が話したこととして、エッセイに書いた考え方。

なぜ電子はみな同じ形をしているのか。なぜ陽電子があるのか。
ということを「電子は1つしかないから」と説明する考え。

電子が時間を「前」に進んでいるときにわれわれにみえる姿が「電子」。反対に、「逆行」しているときは「陽電子」にみえる。同じ1つの電子が行ったり来たりしているからみんな同じ顔をしている。

電子はよく、「点」とか「球」にたとえて説明されるけど。時空間上では方向を持った「曲線」にみえるということ。(で、ほとんどが1本につながっている。)


通貨も、実際には「信用」という尾をひきずって存在する。個人でさえ、クレジットカードなどを使えば現金がすぐには動かない。


たとえば、クレジットカードを1枚作ったとき、それでその月の全部の支払いをすませると、最大ひと月分の収入がまるまる手元に残る。その余分は、支払いが先延ばしになっているので、月ごとの収支が釣り合っている限りは、つねに手元にその額が残りつづける。そして、もしそれを使うと、経済活動がその分生まれる。一般的には「景気が良く」なり、行き過ぎると「バブル」や「インフレ」になる。

ただし、クレジットで使ったお金には信用の「ひも」がついていて、自分の銀行口座まで伸びている。働いている会社は、給与を月末にまとめて払うから、日給だったらと考えると1日ごとに、会社の口座から自分の銀行口座までやっぱり信用の「ひも」が伸びる。


世の中では、実際には現金(点)が動いているわけではなく、そういう線の先端が分かれたり合流したり、ぐるぐる飛び回っていて、経済活動というのはそのぐるぐる絡まった線のことだ、と考えると「電子に顔が無い」話と似ているように思うのだ。

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