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工学部・水柿助教授のニルヴァーナ

アマゾンにはじめに登録されたとき、「解脱(げだつ)」が「解説(かいせつ)」になってて、しかもそれを

「解脱」が「解説」と読み間違えられる可能性に一縷の望みをかけてみるのも一興か

と予言していた(!)などとも、一部では話題になったこれ。

工学部・水柿助教授の解脱

工学部・水柿助教授の解脱

読みました。自慢じゃないが(といったら自慢であるらしいぞ)、森博嗣作品ではこの「Mシリーズ」と『どきどきフェノメノン』(フェノメノンという語感にやられた)、および『ZOKU』しか読んだことがないのです。そしてどれが好きかと言ったら一番はMシリーズだぜ。

とりあえず、手にとったとき、まず表紙の英語表記「The Nirvana of Dr. Mizukaki」を見て思ったのは。「え、もしかして水柿君死んじゃうのー?」でしたけど(おいおい…)。

ニルヴァーナ(カート・コバーンのいたの方)をみて、「Nirvana」の意味を調べたことがあるんですが、そのときのあやふやな記憶+αによる連想ゲームの結果、そのような脳内設定に…。(たしか「nirvana」=「涅槃」だった気がする。が、さらに別の「涅槃」って「仏陀の死」みたいな意味だったじゃん…?という記憶(というか涅槃図とかからの連想)とブレンドされ、みたいな。)

涅槃 (ねはん、サンスクリット: nirvana, パーリ語: nibbaana, タイ語: ?????? n〓pphaan)は、サンスクリットニルヴァーナ(nirvana)、パーリ語のニッバーナの音写である。

っていう感じで、ここまではよかったんだけどね。「涅槃」は必ずしも「仏陀の死」ではないのですね。かといって「The vimukti of…」ではコアすぎるし響きもよくないし面白くもないですものね。

解脱(げだつ、サンスクリット:vimukti, ????????, 毘木底, ヴィムクティ、vimokSa, ???????, 毘木叉, ヴィモークシャ)は、

1. 仏教においては、誤った執着心から起こる業の繋縛を開放し、迷いの世界の苦悩を脱することを指す。
2. ヒンドゥー教において用いられている究極的な意味合いにおいては、三昧(サマーディ)に入定し、輪廻転生の迷いの境界から脱することを指す。

ちなみに、どの程度差があるのか(あるいはないのか)は、Wikipediaレベルではわかんない(書き方が違いすぎて比較もしにくい)。

この「解脱」という言葉はけっして仏教のみの術語ではなく、涅槃と共に古くからインドで用いられ、人間の究極の目標や理想を示す言葉として用いられてきた。

英辞郎』だと英和には出てる(和英の「解脱には出てない」)。

nirvana【名】
1. 《ヒンドゥー・仏教》涅槃{ねはん}、解脱{げだつ}
2. エデン、パラダイス、天国{てんごく}、シャングリラ、至福

あ、そうそう。で、シャングリラ。しゃんぐりらーしあわせーだーってーさけんでくれよー。のシャングリラ。

シャングリラ
Shangri-la〔ジェームズ・ヒルトン(James Hilton)作の『失われた地平線』に登場するチベットの架空の楽園〕 // nirvana

へー。音は聞き覚えがあるわりに、由来の方はまったくしらない作品だったので。

あ、もちろん水柿君死亡説はデマですから。あしからず。そして森作品にしては驚異的にタイトルと直接的にマッチしてる。最後の一歩手前ぐらいの部分。そこだけ妙にまじめに書いてあってびっくりした。なんか哲学的というか。ある意味ではエッセイよりエッセイっぽく感じてしまった。

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