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だまんです。

プログラミングや写真や本や読書会のことや、日常のこと。

バブル崩壊とはいつだったのか/崩壊とはなにか

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じつは、読み物から得た知識として、「バブルとはだいたい1991年ごろまでのこと」だと認識していたのだけれど(実際、経済指標からすれば間違いでもないのだろうが)。
ところが、いま母とうちの弟が生まれた「平成3年」って西暦何年だったかなという話になってググってみたら、それは、まさに91年なわけです。ところが、Wikipediaの記述でバブルに触れているのは「この頃からバブル崩壊が表面化してくるが、後の平成不況の足音はまだ遠く、当時は不況入りを実感していた者はごく僅かであった」(1991年 - Wikipedia)の1節のみ。


我が家には、当時、マスメディアをみる習慣がなかった。
特に母は東西冷戦の終結をいまだにろくに知らず、近代と現代の断続も、失われた10年もつゆとも感じていないらしい、相当レアな人種である。


昭和64年の(平成元年)ごろから、まず崩御前後のどたばたは日本にいないあいだに終わっていた。
なにせ自動車も自転車も入れないような借家だった。そもそもそんなところに借家があるというのが驚異でしょうけれども。ともかくあらゆる意味で、そもそも土地神話なんてものが入り込む余地がない。


ただ、もちろん経済活動にともなって「自主的に」人々は移動する。
従来通りの生活をしていても、やはり、たとえばバブルにのって増えたと思われる新しい人種と接したりするわけです。
というか、両親にはそういう友人が多かった。(実際には従来からいた、モデルやフリーでやってるデザイナーなどですが、当時はバブルの影響で単位時間あたりのペイがよくなっていたのだと思う。羽振りよく遊んだことが世間的には記憶されているようだけど。彼らの場合は逆に、東京での高い賃金を利用し、少しだけ働いて残りの生活をもって田舎に移動してきていた。)
そういう影響は、いま思えばあった。


そして、そういうもろもろというのは、いま思えば、同時に東京での賃金や仕事の量が絞られていく途上にあったわけで、その後徐々に、完全に移住か東京への帰還か、というような選択を緩慢に迫られていくのを見ました。
ぼくが東京に引っ越すことになる94年頃までには、すでにかなり顕著になっていたと記憶している。残った人々は、観光客相手の商売をやるかとか、あるいはそういう産業の従事者になるとか、そういうパターンが多かった。
それは景気の変化ではなく、観光客から観光産業従事者への変化で、人種構成には実際にある程度の変化が現れていたのではないでしょうか。一般的な意味ではないものの、「身を固めた」感じの人が多かった記憶がある。

「バブルの崩壊」は、あるとき一瞬にして起きた現象ではない。グラフ(各種指標)はある瞬間に最大値を取り、理論上、そこでバブル崩壊が始まったわけだが、それは単なる序章に過ぎない。バブル崩壊は、開始から数年間をかけて徐々に生じた過渡的現象である。現象の進行は地域や指標の取り方によっても異なり、例えばマンションの平均分譲価格を見ても、東京と大阪ではピークに約一年の差がある。東京でバブルの崩壊が発生し始めた時、大阪ではまたバブルが続いていた、とも言える。また北海道、東北、四国、九州など1992年頃まで地価が高騰していた地方都市もあり、俗に「バブルが弾けた」というが、あたかも風船やシャボン玉がある瞬間に破裂したかのような瞬間的な現象ではない


数値的に確認できる「バブルの崩壊」と、体感的な「バブルの崩壊」にも最大で数年程度のずれがある。データ上、バブルの崩壊は1990年11月頃始まったが、必ずしも誰もが直ちにそれを体感したわけではない。バブルの崩壊を経済学的現象ではなく深刻な社会問題ととらえるとき目安となる時期は、全国的に地価の下落が明確となり、有効求人倍率や新卒の求人倍率が大きく低下し、企業の業績悪化により学生の内定取り消しも相次いだ(就職氷河期も参照)1993年頃から、不良債権問題や株価低迷によって大手金融機関が次々と破綻に追い込まれた1997年頃にかけての間であり、それまでは(事実としてバブル崩壊が始まっていたにもかかわらず)それを認識できずに楽観的でいたり、そうでなくても、まだ持ち直すかもしれないと期待していた人々がほとんどだったと見られる。また、経済政策の失敗によって1997年以降の景気が極端に悪化し、リストラや採用抑制が一層激しくなっているため、本格的に実害をこうむった1990年代後半〜2000年代前半を特にバブル崩壊による景気悪化と振り返って捉えている人も多い。


以上のことを踏まえると、一般的にバブル絶頂期とは、景気が良いと一般大衆に認識され始めた1988年頃から、景気が悪くなってきたと認識され始める前の1992年頃までを指すこともできる。


上に引用した記事はよくまとまってていいですね。
バブルというのは負の側面、つまりその後の不況による強烈な不快感と一体になった言葉だけど、実際には平成の不況の原因はバブルの反動だけとはいいきれないんだなと思った。


たしかにバブルは外為の政策がきっかけに、金融業界と建築業界が「土地神話」を駆動して起こった好況であったのだろうけども、その後の90年代の不況の原因は「土地神話」だけではなく、いくつかの時期ごとに、それぞれ複合的な要因があっのだたということ。Wikipediaのこの記事はおおざっぱに、

  • まずバブル直後にオーバーシュート(崩壊)が起きたのは日銀と政府(大蔵省)の失策。
  • 低め安定がやたら長期化したのは我慢くらべをつづけたせい。
  • 一気に悪化したのはその我慢の限界だった。

と、読める。


たとえば、アメリカの経済関係のニュースで、ITバブルの終わりが近づいていた2000年ごろ盛んに「ソフトランディング」という言葉が使われた裏には、1つめの経験がトラウマとなっていたのだと思われるわけです。


「人類の歴史」みたいなものがあるとして、原爆、ソ連崩壊、ベルリンの壁崩壊、ワールドトレードセンター崩壊などと、それはどうやら「崩壊」をベースにして語ることができてしまうらしいというのは大変皮肉に思うわけだけど。


さて、だとすると次に崩壊する(というか「崩壊」といえるだけの規模がある)のはインターネットと、現在の国連システム、それからアメリカをはじめとした主要国による統治ぐらいだ。
統治機構の崩壊・再構築はぼくの手にあまるけど、インターネットに関しては、「あんなエネルギー効率の悪いものなんで維持してたんでしょう」といわれる姿は想像できなくもない。
いろんな種類の本来無関係なネットワーク同士を多重化して、相乗りすることで回線数を減らせるというのが、一応いまのところまかりとおっているインターネットの存在意義なのだろうけど。実質的に中央集権化してしまい、あまりにも中心部のインフラに負荷がかかっている気がして、これは、そろそろ限界か、あるいは変身する臨海か、どっちかをむかえそうな感じがする。


米国のニューエコノミー幻想が崩壊し、日本でもITバブルははじけたことになっているけれど、相変わらずすごい量の各種資産を抱え込んでいるのは確かで、とくに人材は、人的資産といえば価値がありそうだけども、人的資産にも含み損みたいなものがあるんじゃないかという気がする。各個人に潜在的な生産力を仮定すると、それに対して「ひきだせない」ことによる相対的な損失があると考えられる。「土地神話」に対する「人材神話・頭数神話」みたいなのがあるのだろうか。「人材は使わなくてもすり減らない(損はしない)」みたいな。
これは相変わらず精算されていないですね。


土地の含み損をトリックを使ってごまかした「ひずみ」が、90年代後半の不況の泥沼状態を招いた原因であり、これらが竹中平蔵らに象徴される経済政策により、2000年代半ばには資産の正当な評価と、流動化をふたたび取り戻したことによる一定の正常化がみられたのだとすると、現状のIT業界は雇用面でかなり「ひずみ」だらけである。


というか、ある意味、日本では、(2度目の)バブルがはじけきっていないんじゃないかと思う。


雇用を維持しているといえば聞こえはいいのかもしれないが、90年代の銀行のやり口に近い。正常な経営を維持できないのに、人材の酷使(潜在的には雇用者に債権を押しつけている)によってなんとか動いている気がする。価値を生まない状態で、人材をつかんでいるのはかなり不健全だと思う。
あるいは、社会全体のエネルギーの振り向け方としても。
なんとなくだけれど、現在のサブプライムショックとプチバブル崩壊による経済停滞の裏には、雇用形態の硬直がある気がする。
勝間和代とかが解雇の規制緩和と労働時間の総量規制をセットで、とかいってるけど、こういう一時的にでも雇用を不安定になるような策もやむおえないかもしれないと、いいたくなる気持ちになる。



もちろん「ひずみ」と「引き金」はちがう。雇用の「構造改革」が引き金として適切かの検討は僕にはちょっと荷が勝ちすぎる。
ただ、可能性としてはあるのではないか。もっとも、十分かどうかは微妙で、労働力の移動なんて、基本的に相対取引みたいなものだから、もうちょっとましな市場メカニズムがはたらく場(転職を支援するシステム)がないと、宙吊りになる人が出る気がするけれども。

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