だまんです。

プログラミングや写真や本や読書会のことや、日常のこと。

「体験」させればいいわけではない。

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以前から、「〜体験」みたいなものにこどもを「行かせる」人に違和感があったのだけど、これ読んで、なるほどなと思った。最終的に選んだのがじぶんだという経験も必要ということか。

■「正しい選択」よりも「自分で選ぶこと」を
幼少時から、本人のモチベーション(動機付け)で物事や進路を選択する十分な猶予が与えられずに、親などが先回りして選んだ「正しい」ものを与えられ続けてくると、一見人生が順調に進んでいるように見えても、本人の中に「経験」が積み上がらないというアンバランスが生じます。これも、後々「自信が持てない」状態を引き起こす恐れのある問題です。


ここで言う「経験」とは、単に何かをするという「体験」とは違って、本人が自分の考えで選び、実行し、結果もすべて本人が引き受けることを指すものです。


「経験」においては、良い結果であれ失敗であれ、丸ごと結果が本人にフィードバックされるので、借り物ではない新たな認識が本人の内部に刻み込まれます。一方、他からの指示に従って行なわれる「体験」では、うまくいっても自分自身の成果なのか与えられた指示が良かったのか区別できませんし、また、結果が思わしくなかった場合には、やり場のない後悔で気持が腐ってしまう感じになります。


「どのようにしたらうまくいくか」という情報があふれている現代においては、「失敗しないこと」「正しい選択をすること」「即断すること」「後悔しないこと」「回り道をしないこと」「結果を出すこと」が過度に重視され、本人自身が試行錯誤をしながらゆっくり「経験」することを許してもらえない風潮があります。


しかし、人間の「自信」を生み出す母体としては、ひとつひとつ自分で選んできたという「経験」の積み重ねがどうしても欠かせません。周囲の人間が「よかれ」と思って提供したものが、当人の「経験」を先回り的に奪ってしまう危険もあるということに、私たちはもっと自覚的でなければならないだろうと思います。

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