だまんです。

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夢のストーリー(2)

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他人の夢の話しほどつまらんものはない、という、そのつまらんものです。
などといいながら夢のストーリー - nikki-daに掲載したのに、ぜんぜん懲りてないです。
前日の昼、寝てる間に見た光景。どうも昼寝というのは浅い眠りになるせいか、夢を見やすいみたいだ。
なので、ぽろぽろといくつもの断片を覚えている。
ただ、ほとんどがストーリーというほどの長さをを持たないので、起きてしばらくの間に端から忘れていく。いちばん長いもの、説明がやりやすそうなのがこれだったから覚えておいた。
ただ、おバカな父親が、担ぎ上げられて、御輿に乗せられたあげくそこから突き落とされるという自業自得パターンはどこかで読んだ憶えがある、と夢を見ながらすでに思ってました。たぶんどっかで読んだんだろうな…。ちなみに、主人公で語り手である「わたし」の像も、現実の自分とは違ってた気がする。
それにしても、オチがない…。ただ、なんとなく継続不可能な匂いが好きというか、性格的におだやかな破滅の予兆にロマンティシズムを感じるんだろうなあ。

ビニルのソファーかベッドかわからないものがいくつかあり、ローテーブルが1つ。まるでファミレスかカラオケかのような、安っぽくて豪華そうな壁紙を張っただけの内装だ。
父は、仕事仲間であり、部下だというスーツを着た男2人と、3人でバカのようにはしゃぎつづける。毎日、毎日。
「さあ、次の部屋へ行こう」
1日はしゃぎつづけ、部屋が荒れたところで、そう言われ、わたしたちは複雑に絡み合った階段と廊下をあるき、まったく同じ内装の別の部屋へ移動する。
「だいじょうぶ、部屋はまだまだある」
毎回、そういいながら、新しい部屋の緑のソファーに次々にダイブする男たち。
そして1週間たったとき、具体的になにがあったのかは、もう覚えていない。
しかし、ついに部屋はすべて汚された。そして父は破滅した。父の手下に甘んじていたと思われた男たちが、裏切り、去った。いや、はじめから計画的だったのだろう。そもそも一生分の部屋を作っておけば、掃除しないで済むなどという考えが荒唐無稽だ。
やがて父も姿を消し、わたしたちはこの奇妙な廃墟に残された。
軽量鉄骨3階建て、部屋数数十室、前庭はすべて長方形の屋外プールだ。そして、直線だらけの一帯で唯一の曲線であるローラーコースターの軌道は、建物内部を自由自在に貫通し、プール上と往復しながら、舞い踊っている。
廃墟の中でなにがしかの商売になりそうなのは、このローラーコースターだけだったので、わたしは、これの興行主になった。といっても、やってきた子供らから極小額の運賃を取り、乗せてやるだけだ。ローラーコースターは振り子のように、位置エネルギーを落下しながら運動に変え、さらに幾度かの極大と極小を経て、徐々に高度を上げ、最後にはもといたのと1階分程度しか変わらない高さまで戻ってくる。ここが終着点だ。
これを手動式のウインチで、終着駅からスタート位置まで登る坂を引き上げるのがほぼ唯一の仕事だ。適切なスタート位置にまで来ると機械的なしくみでロックされ、このロックを解除するとまた落下がはじまる機構になっている。これの繰り返し。
これでしばらくのあいだは糊口をしのぐことができたが、親たちに見つかるとたちまち安全面でのクレームがついた。いわく「事故があったらどうするんだ」。
もちろん日頃から、倉庫に残っていた潤滑油を注す程度のメンテナンスは行なっていたが、たしかに向かい風が強い日などに、ときおり湖の上で停止してしまうことがあった。そのようなときは、子供は軌道上を歩いていって脱出させ、車両はごろごろ手で押したり、ウィンチで引っ張ったりして回復し対応していた。
親に眉をしかめられてもわたしにはどうすることもできなかったので、クレームがついた場合は場当たり的に謝り、以降その子供は乗せないことにした。そのうち組織的にコースターや一帯の建築そのものに対する反対運動も出てきたが、しかしこれはあまり奏功せず、コースターの撤去など、決定的解決にまでは至らなかった。
このようにして元々少なかった客がさらにまばらになり、風当たりは強くなる一方だったが、ローラーコースターを中止するという考えはなかった。
わたしは、他にすることも思いつかなかったし、天気がよく明るいうちは、1日のほとんどの時間を、コースターのプラットフォーム持ち出した例の置いた緑のソファーで、タバコをふかしたりしながら過ごしていた。

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