だまんです。

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危険な作品

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白坂愛/珈琲牛乳

珈琲牛乳

珈琲牛乳

不安定な精神をとてつもなくリアルに描いているという点では、すごいのだが、アフターサービスがない。
「芸術」は過激であっても構わないといわれれば、そうではあるのだが。しかし一方で、書籍というのは明らかに商業ベースの商品でもある。「作家」というのは職業でもある。
ともかく、読んでてあまりにも怖かった。なんか呑まれそうになる。ちなみに主人公は自分が「躁うつ」じゃないかと心配しているけど、躁とうつの波よりも、むしろそれに対する「不安」の度合いのが異常。おれみたいに、簡単に転ぶ人間は注意して読まないとまずい文章。
そもそも、物語の文脈が、主人公の「不安」の文脈と一致しすぎていて、こういうものを果たして文学と呼べるのか、個人的には微妙だと思う。
明らかに病的な文脈を、病的だという認識があいまいなままふりまわしたり、あるいは書いている本人までそこにうっかり没入しちゃったりしちゃう人は、そもそもそういうテーマでは書くべきではないんだと思う。未成熟すぎる。
しかし、これがどう「未成熟」なのか、というのがうまく説明できないので、もうひとつ紹介。

島本理生/波打ち際の蛍

波打ち際の蛍

波打ち際の蛍

メンタルヘルスが出てくるという程度しか共通点はないけど。こっちは比較的安全。物語や、登場人物の精神の構造を十分にコントロールしているから。

関係ないけど、この主人公が母親と接するときの困惑みたいなの、わかる気がする。というか憶えがある。
病気の感覚を会得させるわけにはいかない(それじゃ本当に病気になっちゃう)。が、一方では、治療や病気のしくみは理解し、納得してもらう必要がある。
しかも、そのタイミングは、だいたいは急性期やその直後のまだきついとき。しかも実際のところ、ある程度は自力で説明するはめになるのではないか。
「こっちにとっては攻撃になる良心的な行動や発言」を、それと自覚して止めてもらうだけでも、かなーり大変だった。
なぜかとても理不尽なことを言っている気分がして、こっちの良心が痛むのだ。ただでさえきついのに、なんでこんな目に…と思ったもの。
結局中途半端な言い方になりがちなので、一時期、一方的に冷戦やってるみたいな気分になって参った。

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